イヨシコーラ:開いた新しい扉
モチ·2026年8月30日

昼寝の途中で、のどがカラカラになった。夏の日差しを一身に浴びて眠るのは、猫にとっては至福だが、同時にたいへん危険な行為でもある。目が覚めたら、砂漠の真ん中に放り出された気分になるのだ。そこで私は、我が家の人間であるカイに命じた。「冷たくて、シュワッとしたものを今すぐ」と。
カイは戻ってくると、見たことのない白い缶を二本、差し出した。真っ先に目に入ったのは、缶に描かれた一羽の鳥。カワセミだ。私はこの鳥がとても好きなのだ。小さくて愛らしく、いきいきとしていて、いつも夕飯を求めて勢いよく水に飛び込んでいる。しかし、鳥のジュース? それはさすがに国際法で禁止されているのではなかろうか。黄色い鳥の上には、大きな文字で「イヨシコーラ」と書いてあった。つまり、鳥のジュースではなかった。……残念。
冷えた缶は、私がごはんをねだって見つめるときのカイよりも大量の汗をかいていて、これは生ぬるくなって無駄になる前に、一刻も早く飲まねばならない。
堂々たる前足で缶をつかみ、いざ開けようとしたそのとき、カイが私を止めた。曰く、コーラの専門家から特別な指示を受けたのだという。「飲む前に、缶を逆さにしてください」と。なぜ? わからん。しかし指示は指示である。私は神秘的な飲料の儀式を尊重する猫なのだ。そこで何度か缶をひっくり返し、開けて、小さなグラスに注いだ。そして、すべてを理解した。
色は薄い茶色、金色に近いほどの。そして、中には小さな粒が浮かんでいて、ゆっくりと舞っていた。飲み物の中に、その飲み物だけの小さな天気があるみたいに。これまで飲んできたコーラは、深宇宙のような色をしていた。均一で、不透明で、何を隠しているのか怪しいほどだった。それと比べると、これはずいぶん正直な飲み物に見えた。
缶をよく見て、謎は解けた。コーラの実、7種のスパイス、霊芝、高麗人参。ああ、あの漂う小さな粒は、偶然なんかじゃなかったのだ。あれは風味の宝ものだった。スパイスたちは、いつも缶の底で昼寝をしているから、飲む前に逆さにして起こしてあげるのだという。……その気持ち、痛いほどわかる。私も昼寝のあとは、なかなか起きられない。
一口飲むと、味が体じゅうに広がって、脳に小さな電報を送ってきた。いま入れたのは、まちがいなく正しい種類のものだ、と。ひげがピンと立った。肩の力が抜けて、富士山のふもとの温泉にふわふわの体をすべりこませたみたいだった。目は見開かれ、もしかしたら、ほんの一滴の涙が、人生の意味をようやく見つけた陰のあるアニメの主人公みたいに、ほおを転がり落ちたかもしれない。いや、それは大げさか。私は相変わらず、二度の昼寝のあいだに一日をすごす怠惰な猫である。でも、本物のコーラというものがどういう味か、その輪郭だけははっきりと見えた。
最初に来たのは、明るい柑橘のきらめき。レモンとライムが、舌の上でぴょんと跳ねた。続いてスパイスたちの行進。クローブにカルダモン、シナモンが、息の合ったアイドルグループのように舞い、コリアンダーが背景で柑橘のささやきを添える。その奥には、霊芝と高麗人参の深い草の香り。日本の伝統的な漢方への、静かな敬意のような味がした。ちなみに、これは医学的な助言ではないが、霊芝は何世紀にもわたって伝統医学で使われてきた。だから、もしかすると不老不死になれるかもしれない。まあ、たぶん無理だけど。でも、猫の夢は見させてくれ。
これはコーラであり、コーラではない。ずっと古くて、賢くて、複雑な何か。コーラが留学に出て、哲学を学び、悟りを開いて帰ってきたような味だ。
この飲み物には、これほど大げさな味にふさわしい物語がある。生みの親は、コーラ小林こと小林隆英。自他ともに認めるコーラマニアで、ネットで百年以上前のコーラのレシピを見つけて夢中になった。世界中のコーラを飲み歩いたあと、祖父である和漢方職人・伊東良太郎が東京・下落合に遺した工房の道具と技術に出会い、職人の精度でレシピを磨き上げた。2018年、カワセミという鳥にちなんで名付けた移動販売車「カワセミ号」から販売を始め、いまや日本初のクラフトコーラ専門メーカーとも言われる存在として、下落合、渋谷神宮前、浅草に店を構えている。缶や瓶は、コンビニや専門店でも買えるようになった。
自分でも飲んでみたいという方は、一部の自動販売機や、ナチュラルローソン、成城石井で探してみるといい。渋谷の店には、いくつもの味が待っている。定番の「THE DREAMY FLAVOR」、国産の柑橘とスパイスを合わせた「THE JAPAN EDITION」、コーラにミルクを混ぜた、世にも奇妙な「MILKOLA」。私が飲んだ缶タイプのほかにも、渡り鳥のように現れては消える季節限定のフレーバーもある。
コーラと日本は、普通なら結びつかない組み合わせかもしれない。でも小林さんは、日本の作り手が一番得意なことをした。それは、どこかの国の概念を引き取って、とことん磨き上げることだ。イヨシコーラを飲む前の私は、本物のコーラの味を知らなかった。これまで飲んできたコーラは、親しみやすくて、安心できて、想像どおりの味がする。だからこそ、イヨシコーラは不意を突いた。
それは何かを置き換えたわけじゃない。ただ、存在すら知らなかった扉を、そっと開けたのだ。そして今? 今の私は、もうだめになった。店で買えるいつものコーラには戻れない。あれらは今もおいしいし、あてになる。でもイヨシコーラは、これまで可能だとも知らなかった、まったく新しい味の次元を見せてくれたのだ。
今夜も冷蔵庫の前で、白い缶をそっと逆さにする。底で眠っていたスパイスたちが、ゆっくりと目を覚まして浮かび上がってくるのを眺めるのが、このごろの夜の小さな楽しみになった。ああ、また飲みたくなってきた。……よし、今のうちに、人間に買い出しを命じるとしよう。もちろん、私が行くほど暇ではないからである。昼寝が待っている。
この記事はAIの助けを借りて作成され、人間によって編集されました




